努力と才能と閾値と。

「努力<才能」だとか「才能<努力」だとか。
努力才能論は卵鶏論と同じくらい語りつくされてるけど、
才能のある人は大抵努力しているし努力している人は大抵才能があるような気がする。
つまり努力と才能はセットである場合が多い、と。


才能がある人は、

才能がある

上達するのが速い

上達したことでモチベーションがあがり努力する

さらに上達する

〜以下ループ〜


というポシティブなスパイラルでどんどん上に行って、
才能のない人は、

才能がない

上達が遅い

上達が遅いのでモチベーションが下がり努力する気が失せる

さらに上達が遅くなる

〜以下ループ〜


というネガティブスパイラルに陥る。


あと、楽しさを感じるために越えなければならないハードルの問題もある。
世の中にはすぐに楽しめる娯楽もあるけど、多少上手くならなきゃ面白さを感じることができないものも多い。
波に乗れなきゃサーフィンは面白くないし、ラリーが続かなきゃテニスは楽しめない。
「数学が面白い」と気違いじみたことをのたまう人は、やっぱり数学が物凄くできる。数学はハードルが高い。


敷居を越えられるか越えられないか、あたりまえだけどそこが大きい。
才能があっても、敷居を超える前に諦めたり、そもそも興味を抱かない。


だから、その…つまり…


書いてるうちに、めんどくさくなった。
結論が思いつかない。


まじめな文章を書くのは難しい。
自分には無理だ…。
ハードルが越えられない。